カテゴリー: 雑記

  • 僕の今までの人生②(社会人編)

    僕の今までの人生②(社会人編)

    地方アラフォーサラリーマンです。

    今回は、前回の記事の続きとして、僕の社会人編について書いていこうと思います。

    就活ではかなり苦労しましたが、なんとか内定をもらい、ようやく社会人人生をスタートさせることになりました。

    前回の記事はこちらから!

    新卒で入社した会社

    僕が新卒で入社した会社は、中古車の売買を行う営業会社でした。

    正直なところ、車には全く興味がありませんでしたが、当時の僕は会社を選べる立場でもなかったので、そのまま入社を決めました。

    仕事内容としては、コールセンターがアポイントを取ったお客様の家へ訪問し、車の査定をして、そのまま商談を行うという営業スタイルです。

    入社して最初の2ヶ月ほどは座学研修。
    その後、実店舗へ配属されました。

    最初の仕事は、洗車などの雑務をしながら、値段があまりつかない車を持っているお客様へ自分で電話をかけてアポ取りをすることでした。

    そして自分でアポイントを取って、いざお客様の家へ訪問。

    当然ですが、研修のロープレのようにうまくいくわけもなく、
    会話もぎこちなく、商談もうまく進まず…。

    コミュニケーションもまともに取れず、かなり落ち込んだのを覚えています。

    そんな感じで最初は苦労しましたが、少しずつ営業にも慣れ、成績も「並より少し良い」くらいにはなりました。

    そしてその会社で3年ほど働いたころ、転職を考えるようになります。

    理由はシンプルで、この仕事を一生続けるイメージが持てなかったからです。

    仕事のスケジュールはかなりハードでした。

    朝は9時にお客様の家へ訪問して仕事がスタート。
    ただし担当エリアが広かったため、9時に間に合うようにするには、朝7時過ぎに家を出ることもしばしば。

    夜も同じで、20時に査定スタートして、商談が終わるのが22時前。
    そこから帰宅すると、家に着くのは23時を過ぎていました。

    ちなみに残業代はありません(笑)

    休みの日も仕事をしていたので、今振り返ると残業時間は100時間を超えていたかもしれません。

    それで年収は、だいたい300万円くらいでした。

    さすがにこの働き方をずっと続けるのは厳しいと思い、転職を決意しました。

    初めての転職

    転職先は車業界ではなく、全く別の業界でした。

    正直、その仕事がどうしてもやりたかったわけではありません。

    ただ、面接がすんなり通ったことと、オフィスが綺麗そうだったことが決め手でした。

    今思うと、かなりアホな理由ですね(笑)

    ただ実際に働き始めると、意外にも仕事が楽しく感じるようになり、結果として7年ほど働くことになります。

    「楽しかったのに、なんで辞めたの?」と思うかもしれませんが、大きな理由は離婚でした。

    当時は関東で働いていましたが、もともといつかは九州に戻りたいという気持ちがありました。

    そして離婚というタイミングが重なり、「今しかない」と思って会社を辞める決断をしました。

    正直、仕事自体は好きだったので、少し後悔を感じながらの退職でした。

    九州での転職

    九州に戻ってから転職した会社は、前職と同じ業界ではありますが、仕事内容はかなり違うものでした。

    前職までの仕事が「攻め」の仕事だとすると、今の仕事はどちらかというと防御寄りの仕事です。

    そのため、最初はかなり苦労しました。

    仕事のスピード感や考え方がこれまでと全く違い、面白さを感じることもなかなかできませんでした。

    正直、転職してすぐに「また転職しようかな」と思ったくらいです(笑)

    ただ、今の会社は働いている人たちの人柄がとても良く、それが理由で何とか続けることができています。

    社会人生活を振り返って思うこと

    印象に残っているのは、新卒の会社で退職の意思を伝えたときに言われた言葉です。

    「どこの会社も同じだよ」

    当時の僕は他の会社を知らなかったので、その言葉が本当なのかどうかも分からず、不安になりました。

    でも実際に転職してみると、全然同じではありませんでした。

    新卒の会社では営業成績もそこそこだったので、あまり評価されることはありませんでした。

    しかし転職先では、仕事が楽しいと感じながら働けたこともあり、それなりに評価されるようになりました。

    そのとき初めて、
    「会社での評価=自分の価値ではない」
    ということに気づいた気がします。

    もし今、会社でうまくいかずに悩んでいる人がいるなら、勇気を出して転職してみるのも一つの選択肢だと思います。

    環境が変わるだけで、自分の評価や人生が大きく変わることもありますから。

    まとめ

    こうして振り返ってみると、社会人になってからも色々なことがありました。

    転職、離婚、地元へのUターン。

    決して順風満帆ではありませんでしたが、その経験が今の自分を作っていると思います。

  • 僕の今までの人生①(天国とちょい地獄編)

    僕の今までの人生①(天国とちょい地獄編)

    地方アラフォーサラリーマンです。

    今日は、僕のこれまでの人生をざっくり振り返ってみようと思います。

    小学生時代

    九州の田舎で生まれ育ちました。
    特に裕福でもなく、かといって貧しいわけでもない、ごく普通の家庭です。

    のびのびとした環境で育ち、小学3年生からはバスケ部に入りました。

    ただ、正直そこまで上手くはなく、試合には出たり出なかったり。
    当然、全国大会や九州大会に出るような強豪チームでもありませんでした。

    最後の大会も、まあそれなりの結果で終了。
    こうして、僕の小学生バスケ人生は終わりました。

    中学生時代

    中学に入ってからも、なんとなく流れでバスケ部へ。
    もちろんここでも、基本はベンチ要員でした(笑)

    そんな平凡な生活でしたが、中学1年のときに人生初の彼女ができました。

    相手は、小学生のころからずっと片思いしていた同級生。
    友達の家から電話で告白したのですが、OKをもらえたときは本当にうれしかったですね。

    ただ問題が一つ。

    僕はかなりのコミュ障で、人の目を気にする性格でした。

    そのせいで、付き合った途端に恥ずかしくなってしまい、
    まともに会話もできないという意味不明な状態に…。

    結果、数週間でお別れすることになりました。

    ちなみにこのコミュ障な性格は、
    このあとも長く自分を苦しめることになります(笑)

    それともう一つ。
    これはあまり思い出したくないのですが、中学の部活の先輩たちがかなり荒れていました。

    後輩への暴力やカツアゲが日常的にあるような環境で、
    僕もその標的の一人でした。

    この経験で、バスケとヤンキー文化、体育会系の上下関係が一気に嫌いになりました。

    高校時代

    高校は地元の普通科高校へ進学。

    最初は部活をやろうかとも思いましたが、
    中学時代に上下関係にはうんざりしていたので、帰宅部を選びました。

    幸い、帰宅部もそれなりに多い学校だったので、特に浮くこともありませんでした。

    部活はしませんでしたが、友達とバンドを組んでいました。

    4人で組んで、ライブに出たりもしていました。
    僕はギター担当。

    ただ正直、かなり下手でした(笑)

    そもそも音痴でセンスもあまりなかったので…。

    とはいえ、地元で悪さをしたり武勇伝を作ったりすることもなく、
    本当にどこにでもいる普通の高校生でした。

    大学時代

    大学は関東の大学へ進学し、初めての一人暮らしがスタート。

    大学生活を一言で表すなら、

    「麻雀生活」

    でした。

    講義をサボって麻雀、
    それ以外はバイト。

    典型的なダメ大学生ですね(笑)

    今思えば、もっと旅行をしたり、自己投資をしておけばよかったと思います。

    ただ、当時は時間はあってもお金がない生活だったので、仕方ない部分もあります。

    ちなみに大学に入る前は、
    ドラマ「オレンジデイズ」みたいな大学生活を想像していました。

    友達が自然とできて、恋愛もして、キラキラした大学生活。

    …結果は全然違いました。

    コミュ障が発動して、なかなか友達もできず、
    彼女もできず、想像とはかなり違う大学生活でした。

    就活で人生最大の挫折

    そして大学生活の最後に待っていたのが就職活動

    これが本当に地獄でした。

    何十社応募しても、まず書類選考が通らない。
    たまに通っても、面接でコミュ障が炸裂して撃沈。

    今思えば、マナーも礼儀もボロボロだったと思います。

    周りの友達が次々と内定を取っていく中、
    自分だけ内定ゼロ。

    あの時期は本当にきつかったです。

    人生を全否定されたような気持ちでした。

    就活浪人

    結局、大学卒業時点では内定が出ず、
    就活浪人をすることになりました。

    親には申し訳ない気持ちでいっぱいでしたし、
    そのときは実家に帰るのも気まずくて、電話で報告しました。

    怒られると思っていましたが、
    意外とあっさり受け入れてくれました。

    本当に感謝しています。

    そして始まった就活2年目。

    当然ですが、簡単にはうまくいきません。

    そもそも1年目の失敗をちゃんと分析せずに始めていたので、
    急に結果が良くなるはずもないですよね(笑)

    初めての内定

    そんな状態のまま夏を迎え、
    暑い中リクルートスーツで就活を続けていました。

    そしてついに、
    人生で初めての内定をもらうことになります。

    そのときはもう、仕事内容とか会社の将来性とかは二の次でした。

    とにかく「内定をもらえた」という事実がうれしかった。

    人事から電話をもらったとき、家にいたんですが
    電話を切ったあと、漫画みたいに家で飛び跳ねて喜んだのを覚えています。

    まとめ

    大学までの人生を振り返ると、
    特別すごいことをしてきたわけでもなく、
    どちらかといえば失敗や挫折のほうが多かった気がします。

    ただ、そんな普通の人生でも、
    今は地方でサラリーマンをしながら色々なことに挑戦しています。

    社会人になってからの話は、また別の記事で書こうと思います。

    もし「なんか面白いヤツだな」と思ってもらえたら、
    ぜひ他の記事も読んでみてください。

  • 地方サラリーマンが戸建投資を始めた理由

    地方サラリーマンが戸建投資を始めた理由

    九州在住、アラフォー地方サラリーマンのサラフォーマンです。

    今回は、僕が実際に行っている「地方新築戸建投資」をなぜ始めたのか、その理由についてお話しします。

    結論から言うと、理由は3つあります。

    1. 離れて暮らす子どもに何かを残したかった
    2. 自分の人生を前に進めたかった
    3. 会社に依存し続けることが怖かった

    関東から九州へ、そして離婚

    僕は大学卒業後、関東で就職しました。
    仕事も生活もそれなりに充実していて、結婚もし、子どもにも恵まれました。

    ただ、心のどこかで「いつかは九州に戻りたい」と思っていました。

    転機になったのは離婚です。

    離婚をきっかけに、会社を辞めて九州へ戻る決断をしました。
    正直、かなりきつかったです。寂しさもあったし、子どもに会えない現実は想像以上につらかった。

    九州に戻り、バツイチとして一人暮らしを再スタート。
    養育費の支払いもあり、さらに転職で年収も下がりました。

    あの頃は本当に将来が不安でした。


    ① 子どもに何かを残したかった

    投資に興味を持った一番の理由はこれです。

    「離れていても、何かを残せないか」

    直接そばにいられないからこそ、
    形として残せるものを作りたいと思いました。

    そこから不動産投資の本を読み、セミナーに参加し、少しずつ知識を積み重ねました。

    そして最終的に、空き土地を購入し、新築戸建を建てました。

    本当は一棟物アパートも欲しかった。
    でも資金的に現実的ではなかった。

    だからこそ、身の丈に合った戸建投資を選びました。


    ② 何か行動を起こしたかった

    離婚、転職、収入減。

    人生が一度リセットされた感覚がありました。

    「このままでいいのか?」

    そんな気持ちが常にありました。

    独り身になった今だからこそ、
    やりたいことをやってみよう。

    完璧な準備なんてできていませんでした。
    正直、怖かったです。

    でも、最後は勢いでした。


    ③ 会社依存が怖かった

    当時の仕事内容は、正直自分に合っていませんでした。

    このまま会社に依存し続ける人生でいいのか。

    年収はゼロではない。
    でも、自分でコントロールできない収入だけに頼るのは不安でした。

    だからこそ、「会社以外の収入源」を作りたかった。

    それが不動産投資でした。


    あの時の自分を褒めたい

    今振り返ると、あのとき動いた自分を褒めたいです。

    怖いまま、動きました。
    完璧な自信なんてありませんでした。

    もし今、

    「何か挑戦したいけど、一歩が踏み出せない」

    そんな人がいるなら、伝えたい。

    スモールスタートでいい。
    完璧じゃなくていい。

    まずは動くこと。

    僕はそれで、少しだけ人生が前に進みました。

  • 【年収600万円】地方サラリーマンのリアルな支出と投資額を公開

    【年収600万円】地方サラリーマンのリアルな支出と投資額を公開

    九州在住、アラフォー地方サラリーマンのサラフォーマンです。

    今回は、僕のリアルな年収と支出、そして投資状況を正直に公開します。

    きれいごとではなく、「地方で働く普通の会社員」のリアルです。


    地方サラリーマンのリアルな年収

    年収は約600万円。

    地方では高くもなく、低くもなくといったポジションだと思います。

    ただし、税金や社会保険料を差し引くと、手取りはおよそ400~440万円前後かな。

    月ベースで考えると、ボーナス込みで平均すると手取り30万円台中盤くらいです。

    決して余裕があるわけではありませんが、生活に困る水準でもありません。


    毎月の固定費

    現在の主な固定費は以下の通りです。

    ・家賃:80,000円
    ・新NISA積立:80,000円
    ・ジム代:8,000円弱
    ・アイコス代:約10,000円

    合計すると、これだけで約18万円。

    こうやって数字に表すと、手取りの約50%を投資に回しているという感じで、冷静に考えると中々攻めた配分ですね。(笑)

    でも昼食は弁当を持参していて、外食費はそこまでかからないので、贅沢はしていませんが、極端な節約生活をしているわけでもありません。

    「固定費を抑えて投資に回す」

    これを意識しているだけです。


    新NISAと戸建投資の状況

    新NISAでは年間約100万円を積立投資しています。

    さらに、新築戸建を2戸保有しており、借入は約3,000万円。

    数字だけ見ると、正直怖いです。

    『借金3,000万円』

    ・・・重いですね。

    でも、僕が感じていたのは

    「会社だけに人生を預けること」の方が怖いという感覚でした。

    評価も異動も、最終的に決めるのは自分ではありません。

    その状態に、どこか違和感がありました。

    収入源をひとつに依存することへの違和感。

    だからこそ、資産を作る選択をしています。

    もちろんリスクはありますので、

    現在進行形で勉強しながら慎重に進めています。


    正直な生活感

    地方だからこそ、この年収でも投資と生活を両立できていると感じています。

    もし関東圏で同じ生活をしていたら、家賃だけでももっとかかるでしょう。

    地方には地方の不安もあります。

    でも、固定費が抑えられるという強みもある。

    「地方 × 資産形成」は、実は相性がいいのではないかと勝手に自己暗示も込めて思ってます。(笑)

    地方サラリーマンとして年収600万円という現実の中で、どう資産形成していくか。
    その過程をこれからも発信していきます。


    まとめ

    年収600万円。

    借入3,000万円。

    新NISA年間100万円。

    派手ではありませんが、地に足をつけて積み上げています。

    このブログでは、地方サラリーマンのリアルなお金事情と、資産形成の過程を正直に発信していきます。

    同じように

    「このままでいいのか」

    と感じている人のヒントになれば嬉しいです。